
米アリゾナ州の世界遺産、グランドキャニオン国立公園で、ペットボトルの水販売を禁止する、と米国立公園局が発表した。代わりに無料で詰められる水ステーションを園内に設置。ロイター通信によると、費用は10カ所で約29万ドル(約2250万円)という。 米国立公園局によると、園内ごみの約2割が使い捨てボトル。暑さと乾燥から年約450万人の観光客が水を大量購入してきたが、景観や環境を損なうと問題になっていた。

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周知の通り、アメリカのレストランでステーキを頼むと、「焼き方はrare? well-done? つけあわせはマッシュポテト? フレンチフライ? サラダのドレッシングはoil&vinegor? French? Italian? Southern Island?」と何でもかんでも聞いてくる。彼らは、顧客に選択肢を与えることこそサービスだと心得ているのだ。そんなことより、もうちょっと上手に料理してよ、と思ったりもする。ところが、フランスのビストロでビフテックを注文すると、彼らはほとんど何も聞かずに、料理を持ってくる。焼き加減はア・ポワン(ちょうど)で、付け合わせはフリット(フライドポテト)。サラダは、たとえばオンディーブのサラダならクルミ入りのオーロラ・ソースという具合で、すべて定石が決まっている。そのかわり、まあそこそこ美味しい。これが彼らのサービスなのだ。
寿司屋風に言えば、アメリカ人は「お好み」派で、フランスは「おまかせ」派だ。これはちょうど、米英のエンジニアリング会社がコスト・プラス・フィー(実費償還)契約のプロジェクトを好み、仏伊のエンジ会社がランプ・サム(一括請負)契約をうまく料理する傾向に、ちょうど合致する。でも、フランスのビストロの客が、定石をわざとはずした要望を口に出せば、もちろん彼らは顧客の意志に従う。すべての顧客は好みも意志も持っている。それが西洋人の前提なのだ。
ひるがえって、JALはどうだろう。あの会社は、“黙って、最上の物(と自分が信じるもの)を提供する”ことがサービスだと心得ているらしい。プロダクト・アウト--極端に言えば、一種の一方通行である。そして、私たち日本の企業はどうだろう。「おまかせ」での仕事を好む“寡黙な大工さん”が身上ではないだろうか。だとしたら、いつの間にかJALが競争力を失っていった轍を、私たちも踏んでいないだろうか。

チェルノブイリ事故の影響でストックホルムの北にあるイェーヴレ市は、汚染度が高かったのですが、住宅地の除染はしませんでした。その代わり、農地や農業生産の過程において除染をし、農業生産物の保護に力を入れました。そのお陰で、食品を基準値以下に抑え、国民が食品を通じて受ける内部被ばく線量を1ミリシーベルト以下に抑えることに成功をしています。